34歳の時、両側卵巣嚢腫摘出のため腹腔鏡下手術を経験しました。
子どもを授かりたくて不妊検査をする中で、卵巣嚢腫があることが判明しました。
妊娠どころか、まずは手術で摘出することが最優先。
まったく予想だにしていなかった結果に愕然としたのを覚えています。
これまで一度も手術・入院などしたことがなかったので、不安も大きかったです。
女性だと10人に一人は卵巣が腫れていると言われるほど、割とポピュラーな疾患。
卵巣嚢腫には様々なタイプがありますが、私の場合は、表皮、皮脂、髪の毛や歯、骨などを含んだ成熟嚢胞性奇形腫(皮様嚢腫)でした。
このタイプの多くは良性で癌化することは少ないものの、高齢になってから判明する場合、まれに悪性転化する場合があるようです。幸いにも、私の場合は良性でした。
この記事では、
・卵巣嚢腫発覚の経緯
・手術までの準備
・手術当日の様子
・術後の体の状態
・手術を経て得られたもの
などについて、自身の体験談や考えを綴ります。
卵巣嚢腫があると言われ、これから手術を控えている方、手術をするか迷っている方の参考になれば幸いです。
※痛みの感じ方や術後の回復には個人差があります。
卵巣嚢腫発覚の経緯
最初のとっかかりは子宮頸がん検診でのこと
卵巣嚢腫と発覚したのは2022年の3月のこと。
その一年前の2021年に結婚し、早めに子どもを授かりたいと思っていました。
入籍前に受けた子宮頸がんの検診の際、『卵巣が腫れてるかな?』と医師に言われたのが始まりです。
次回結果を聞く際に、再度見せて欲しいと言われたのですが、
生理中だったこと、その後すぐ引っ越す予定だったため、引越し先の婦人科で診てもらうことに。
引っ越し後、早速近所で口コミの良かった病院を見つけて通うことにしました。
数か月通っても、特に問題なしとの診断
ひとまず、腫瘍マーカーという、癌があるかどうかの血液検査を受けることに。
そこでは、異常なしとの結果に。
次に、実際超音波エコーで卵巣の状態を見ることに。
生理前は通常より卵巣が大きくなるから腫れているかどうかの判断がつきにくいようで、生理後、出血が治まったあたりで、何度か診てもらうこと数か月。
結果、腫れはなく、問題ないとの診断でした。
『なんだ、心配して損した~』
と安堵する私。
それ以降、自分たち夫婦なりに、排卵のタイミングで妊活に励むことに。
しかし、数ヶ月経っても、いつも通りに生理が来る日々…。
仕事のストレスもあったし、なにか妊娠しづらい原因があれば、早いうちに調べて対処しないとなと思い、今度は別の婦人科を受診することにしました。
不妊検査のため、別の婦人科へ。そこで卵巣嚢腫が見つかる
その病院は、前回とは真逆のサバサバした女医さんが担当。
不妊症検査をしたいとお願いすると、
「検査をして何も問題がなくても、妊娠しない人もいる。逆に問題があっても妊娠する人もいるので、この検査で妊娠できるできないがわかるわけではないけれど、それでも検査をしますか?」と。
それでもお願いしたいと伝え、一通りの検査を始めることに。
すると超音波検査で、早速『卵巣が腫れている』との指摘が。
引越し前に行った婦人科でも同じこと言われたなぁ、
でもこの前まで通っていた婦人科では大丈夫と言われたけどな、、
と不安がよぎりました。
すぐにMRIができる病院を紹介され、1週間後に検査をする運びとなりました。
人生初のMRI!すごい機械音で不安に駆られる
手術も始めてですが、MRIも初めてだった私。
仕事を休んで、指定の病院に向かいました。
検査着に着替えて、説明を受ける。
大きな音が鳴るので、ヘッドフォンを付けるようでした。
所要時間は約20分程度とのこと。
ベッドに寝そべると、テレビとかでよく見る機械に入っていく私。
なんだか宇宙人になったような気分でした。
すると、ヘッドフォンを付けていても、そこそこ大きめの機械音が鳴り響きました。
ウィ、ウィ、ウィーーーーーン
みたいな音だった記憶があります。
腹部のMRIでしたが、ある部分にさしかかると、頻繁に機械音が鳴るように。
前の人を待っていた時にもウィンウィン系の音は聞こえていたけれど、明らかにさっきよりウィンウィン鳴っているじゃありませんか…。
相当やばいのかな…と不安になる私。
当日は検査代(結果の送料も込みで)の9,040円(保険適用)のみ支払い、数日後、婦人科へ結果を聞きに行くことに。
結果を聞いてびっくり!両側卵巣に大きな腫れが見つかる
「思ったより腫れてたね、しかも両側」。
わたしの卵巣は、左9センチ、右6センチというなかなかの腫れ。
この時のMRI写真がこちら↓

さらに、
「おそらく卵巣の腫れが原因だと思うけど、右の卵管が詰まってる(右卵管留水腫)」との指摘も。
「これだけ腫れてると、妊活の前に手術で腫瘍を摘出しないと、最悪の場合、茎捻転(腫瘍の根本が捻じれること)を起こして、卵巣摘出もあり得る」と。
まさか自分がこんなことになってるとは。。
ただ、珍しい病気ではないし、比較的年齢が若いうちの卵巣嚢腫は、良性の可能性が高く、手術も難しいものではないとのこと。この病気の場合は、腹腔鏡下手術といって、お腹に数箇所穴を開けるだけで大きな傷が残らないものであることも説明してくれました。
手術が可能な近場の病院を紹介されましたが、結局夫の知り合いが勤めている某大学病院にて、手術をすることになったのです。
もし結婚してなかったら、子どもを望んでいなかったら、、この病気に気が付かなかったかもしれない。自覚症状もなかったし、この機会に検査をしていなかったら、高齢になってから癌になっていたかもしれない。
健康体だと思っていた自分がまさか手術になるとは…と発覚した当初はショックも大きかったです。
けれど、早いうちに判明して本当に良かったと、少し冷静になってからはどちらかと言えば前向きな自分がいました。
卵巣嚢腫手術に至るまでの準備
手術が必要と判明してから、早速夫経由で某大学病院の知人に連絡してもらい、手術日を決めることになりました。
1ヶ月後くらいにできるかと思いきや、大学病院だけに予約が埋まってるようで、結局2ヶ月先になったのです。
私の場合、手術までに必要な準備は以下の4つでした。
①仕事の引継ぎ
②限度額適用認定証の取得、任意保険の対象範囲の確認
③入院に必要なものの準備
➃手術の説明と入院前検査(血液検査等多項目)の実施
仕事の引継ぎ
手術までにやらねばならないこととして、真っ先に仕事のことが頭をよぎりました。
入院から術後の回復まで、3週間程度は休んだ方が良いと担当医に言われたので、その間の私の仕事を別の方に任せる必要がありました。
普段からルーティン業務をパートさんにレクチャーしていたので、一から引き継がなくてはならないというわけではなかったのが唯一の救いでした。
7割は教えていたので、残りの3割くらいを整えて、渡さねば。
そう考えると、2ヶ月先くらい余裕があって良かったのかもしれません。
休み期間中、私の仕事用のスマホは上司が持っていてくれました。
3週間休むことは関係者に共有するが、万が一連絡がいってしまって治療に専念できないと困るだろうとの配慮からでした。
おかげで、仕事のことは忘れて3週間ゆっくり休むことができました。
引継ぎは手順書をそろえたりと手間がかかりましたが、自分の負担が軽くなる良い機会となりました。普段から仕事を抱え込みやすいタイプだったので、この病気をきっかけに、周りに頼ることの大切さを知りました。
限度額適用認定証の取得、任意保険の対象範囲の確認
手術が高額医療にあたるため、高額医療費の申請を事前にしておく必要がありました。
事前に申請して限度額適用認定証を取得しておくと、窓口払いが自己負担分のみになるものです。
事前に申請していないと、後日払い戻されるといっても、一時的に全額支払う必要があるため、時間に余裕があれば、事前に申請されることをお勧めします。
私の場合、職場の健康保険は協会けんぽだったので、協会けんぽのホームページから、どのように申請するのか確認し、必要な書類を出力して郵送しました。
職場の人事部に頼んで申請することもできるようでしたが、面倒をかけるのもなぁと思ったのと、手術することが知られてしまうのもなんとなく嫌だったので、人事部を介さずに自分一人で申請を進めました。
思ったより簡単に手元に届き、おかげで、退院時の窓口支払い額は数万円で済みました。
また、独自に医療保険に加入していたので、今回の入院・手術が対象になるのかも併せて調べると、運よく婦人科系の手術は保険対象でした。
術前に保険会社に連絡をし必要な書類を確認すると、
・指定の用紙に基本事項を記入する
・退院時にもらえる明細等を添付する
この2つだけでした。
事前に確認しておいたお陰で、術後漏れなく申請&保険料を受理することができました。
むしろ、任意の保険から保険料が下りたので、トータル数万円得した結果に。
入院に必要なものの準備
病院によって差があると思いますが、入院バッグにいれたこのがこちら。
■病院から指示のあった持ち物
・手術、輸血・麻酔の同意書
・入院中の下着一式
・夜用ナプキン
・氏名を記載したビニール袋
・コップとストロー
■個人的に用意したもの
・延長コード(術後起き上がれないときに充電したままスマホに手が届くように)
・ワイヤレスイヤフォン(時間を持て余したら、ドラマを見ようと思っていたので)
・本(『自分のやりたいことを見つける本』というタイトルだった気がします)
・スケッチブック、色鉛筆(小さいころ絵を描くのが好きで、久々に描きたいと思ったので)
ちなみに、私が入院した病院では、パジャマやタオル類は1日520円でレンタルできたので、そちらを活用しました。入院は7日間だったので、合計3,640円ですね。金額だけ見るとなかなかですね。
でも、パジャマとタオルを持参するとなると、かなりの荷物になるので、レンタルできたのは楽でした。
手術の説明と入院前検査(血液検査等多項目)の実施
手術の1か月ほど前に、詳細の説明を3つ受けました。
・腹腔鏡下手術についての手順やリスクについて
・手術中に大量出血した場合の輸血について
・全身麻酔について
どれも、わずかな確率で命に係わるようなリスクがあるとのこと。
急に怖くなりましたが、基本的には問題なく進むとのことで、プロの言葉を信じて頑張るしかないなと決意を固めました。
説明書の中に載っていた写真がこちら。

手術の手順としては
①おへその下と下腹部に数か所穴をあける
②お腹の中を観察しやすいように、二酸化炭素ガスを注入する。
③腹腔鏡という内視鏡を用いて、テレビモニターで腹腔内を観察しながら腫瘍を摘出
また、手術に耐えられる体かどうかを診るため、血液検査含む多項目の検査を受けました。
これは大学病院だったからなのか、他の病院でも同じなのかはわかりませんが、半日以上かかるとのことで、その日は仕事を一日休みました。
さらに、当時はコロナ禍だったため、入院前日にPCR検査を受ける必要がありました。
ちなみにここで受けたPCR検査は、よくある鼻に綿棒入れてグリグリするタイプのものでしたが、過去一痛いグリグリだったことは今も記憶に残っています。
注射はなんのことないけれど、このグリグリが嫌いな私にとっては、地味に辛いものでした。
卵巣嚢腫 腹腔鏡手術(入院当日から手術前まで)
3人部屋での入院生活がスタート
無事に仕事の引継ぎも終わり、ドキドキしながら入院当日を迎えました。
私が入院する病棟は婦人科系だったので、患者さんはみんな女性。
個室が良いなとは思いましたが、差額ベッド代の金額に驚き、3人部屋を選択しました。
ちなみに、3人部屋でも、一日あたりの金額は税込12,100円。
入院期間の7日分にすると、84,700円。
大学病院だったからかもしれませんが、すごい金額。。
手術は翌日の午後以降なので、今日は少しのんびり過ごせるかな、とここではまだ余裕のあった私。
お部屋は電動ベッドに、引き出し付きの机、テレビなどが取り付けられていました(テレビは有料)。
カーテンで仕切られているだけだったので、周りの声や物音は普通に聞こえました。
運よく窓際だったので、外を眺めることもできました。
手術前に友人や親戚からいただいたお守りと、病院からのカードを飾って、
『よし、頑張るぞ!!』
と意気込む私でした。

手術前日:まずは下剤の服用。食事は注腸食。
10時頃、お腹の老廃物を出しておく必要があるため、下剤を飲み始めました。
これは、万が一手術中に腸の損傷をきたした場合でも、腸をきれいにしておくことで、安全に修復できるようにするためです。
私が飲んだのは、ピコスルファートという液剤でした。
まずくはない、むしろちょっと甘くておいしかった記憶があります。
8~10時間後くらいに効果が出るとのこと。
同じ手術をした方の体験談から、かなりお腹痛くて辛いという情報を仕入れていたため、結構ビビっていた私。しかし結果は大した量は出ず、お腹もちょっと痛いくらいで、本当に出切ったの??と半信半疑でした。状況に応じて浣腸もありと言われていましたが、出番なし。
看護師さん曰く、それなりに出れば問題ないとのことで、さらっとクリアしたのでした。
何なら、がっつり出てデトックスしたいくらいだったので、少々残念ではありました。
食事は手術前日なので、注腸食という献立でした。
調べてみると、消化が良く便の残りが少ない「低残渣食(ていざんさしょく)」のことで、腸の中のものをなるべく少なくする意図があるようです。
風邪の時でも、こんなメニューは食べたりしないので、新鮮でした。
普段から早食いの私でしたが、この時ばかりは、ゆっくり味わっていただきました。
しかし、まだまだ体は元気なので、全く足りなかったです。
病院内にコンビニはありましたが、術後、医師からのOKが出ないと、おやつやジュースなども食べられないルールでした。

合間に本を読んだり、ワイヤレスイヤフォンで過去のドラマを見まくりました。
また、看護師さんや医師がいろいろな説明などで顔を出してくれるので、寂しさもなく、快適に過ごせました。
病院なので、夜の9時には消灯というルール。
まったく眠くなかった私は、引き続きワイヤレスイヤフォンを装着し、FODの1か月お試し利用で、大好きな恋愛ものドラマをドラマを見まくったのでした。
消灯後は何度か看護師さんが見回りにきたのですが、この時ばかりはスマフォを隠して寝たフリ。
夜中の0時過ぎ、ようやく寝付けました。
手術当日:断食と点滴。いよいよ手術が迫ってくる
翌朝は6時起き。
こんなに規則正しい生活は久々だったので新鮮でした。
朝起きたら、看護師さんからの指示通り、血圧を測りに病棟の廊下へ。
上94の下47。
相変わらずの低血圧。。
手術当日の食事は流動食。
手術が午後だったので、朝食はぎりぎり食べられました。
おかゆに具なし汁物、ヨーグルトやジュースなど。
9時以降は、水を飲むこともできませんでした。
当時、季節は春だったので、そんなにのどが渇いて辛いということもありませんでした。
手術は午後2時の予定でした。
手術1時間前というところで、点滴開始。
普段から血管が薄く、看護師さん泣かせの私。
この時も、うまく通らずに何度も失敗されてしまいました。
4回目くらいでようやく通ったのですが、いままでの注射で一番痛く、あざのような跡が残りました。
『前の手術が押しているので、予もしかしたら3時頃になるかもしれない』と言われ、いよいよ緊張してきた私。
それまでの待ち時間は、本を読んだり、旦那や家族にLINEしたりして、極力リラックスできるよう努めました。
手術直前:ついに手術室へ!そこはドラマで見るような迫力のある空間
『お待たせしました、時間です』
そう呼ばれたのは午後2時半。
手術室までの道中、看護師さんが不安を和らげようと話しかけてくれました。
看護師さんって本当に”白衣の天使”だなあと、この入院で何度思ったことか。
手術室の前室に着くと、毎回、自分の名前と生年月日を確認されました。
何重にもチェックをしているのだと思いましたが、こんなに短期間で自分の名前を連呼する経験は、この先にも前にもきっとないだろうなと思いました。
いろいろなチェックが終わり、ようやく手術室へ。
そこは、ドラマで見る以上に迫力のある、だだっ広い冷えた空間でした。
部屋には大きなスクリーンがあり、そこにはMRIで撮った私の腫れた両側卵巣の写真が写っていました。
医者や看護師もたくさんいて、なにか事前の打ち合わせをしているようでした。
圧倒されているのも束の間、
「そしたらこちらを頭にしてベッドに横になってください」
横たわるとすぐに、
「では、麻酔を入れて行きますね、だんだんボーッとしてきてすぐに眠りにつきますよ」
そう言われた通り、5秒後に視界が急にボーッとなり、その後の記憶はありません。
次に目覚めた時には、もう手術の後でした。
全身麻酔って本当に意識がなくなるんです。
卵巣嚢腫手術直後から術後1日目まで
手術直後の痛み:生理痛の10倍くらいの鈍痛とふらふらするような気持ち悪さ
「○○さん、終わりましたよ」
そう言われて、ゆっくりと目を開けると、手術が終わっていました。
「気持ち悪くないですか?痛みはどうですか?」と聞かれ、
『…生理痛の10倍痛いです、、クラクラしてちょっと気持ち悪いです』と答える私。
お腹にズーンというような重い痛みを感じました。
全身麻酔の副作用で、視界が少しゆがむような感覚がありました。
「そしたら、痛み止めと吐き気止めを追加しますね」
薬で少し楽になると、急に体がガクガクして来ました。
部屋の温度は割と低かったような気がしますが、お腹にメスが入ったことへの恐怖からなのか、震えが止まらなくなりました。
布団を追加でかけてもらい、ちょっと落ち着いたところで寝そべったベッドごと、部屋まで移動しました。
手術は無事に終わりましたが、予定より長引き、3時間半ほどかかったようです。
コロナ禍だったので、家で待機している夫に病院から連絡が行き、夫から互いの両親に連絡してくれました。
術後の状態:点滴と尿道カテーテル、足にはマッサージ機で身動き取れず
術後すぐは、痛み止めや吐き気止め注入のための点滴と、尿道カテーテルが繋がれていました。
足には、エコノミークラス症候群の予防のため、マッサージ機みたいなものが付けられていました。
これは事前に説明があったので、イメージはできていましたが、予想以上に尿道カテーテルが不快でした。足のマッサージ機はそこまで違和感なく着けていられました。
術後はしばらくは38度前後の発熱があり、2時間おきくらいに看護師さんが様子を見にきて、血圧と体温を測ってくれました。
痛み止めと吐き気止めを常に入れていてくれたので、痛みや気持ち悪さはさほど感じず、発熱の怠さと全身麻酔後のボーッとする感じだけでした。この日は翌朝までずっと寝たきりでした。
手術後1日目【朝~昼】:気持ちが悪くて食べられない、歩けないからのスタート
寝たきりで迎えた翌日の朝。
昨晩のような全身の倦怠感は少し和らいでいました。
とにかくいろんなものに繋がれていて、動きにくいしとっても不快。。
肝心の痛みの方はというと、そこまで強くは感じなかったです。
ただ、お腹に穴を開けているので、多少のツッパリ感がありました。
少し動くだけでも慎重に慎重に…やたらスローモーション。
私の場合、手術箇所の痛みよりも麻酔の副作用である気持ち悪さが一番辛く感じました。
朝から全粥食という、主食はおかゆだけれど、おかずはがっつり普通食に見えるメニューが出されましたが、食事を食べようとしても、気持ち悪くてお粥をほんの少ししか食べられませんでした。
こんなに食欲がないのはいつぶりだろう…
食べることが大好きな私も、この時は全く食べる意欲が湧きませんでした。
術後は寝たきりだと手術した箇所が癒着してしまう可能性があるようで、なるべく早く立って歩く練習をしなくてはなりませんでした。
食事を終えると、看護師さんの援助の下、立って歩く練習が始まりました。
立つ前に血圧を測って、問題なければ立ち上がり、歩く前に再び血圧を測って、、と血圧次第では歩くのは危険と判断されるようです。
立ち上がることはできたのですが、血圧を測っている間に気持ち悪くなってしまい、
『すみません、気持ち悪くて歩けないです…』と言うと、
「無理しなくて大丈夫ですよ。そしたらまた時間をおいてチャレンジしましょう」と一旦中断。
再びベッドに横たわるのでした。
気が付くとあっという間に昼食の時間に。
もちろん気持ち悪さ継続中で、今回もお粥を頑張っても半分しか食べられずでした。
食後に再び歩く練習をと看護師さんが来てくれたのですが、立ち上がるとまた気持ち悪くなってしまい、二度目も歩くことができませんでした。
今回は座った途端に吐き気を催し、少量のお粥を嘔吐。
人によって個人差があると思いますが、痛くて歩けないものだと思っていたので、まさか痛みより吐き気が勝るとは。。
手術後1日目【午後14時頃】:手術結果の説明あり。摘出した卵巣嚢腫の画像が衝撃だった!
少しすると、担当の医師に呼ばれ、内診と手術結果の説明をしてもらうことに。
まだ体調悪い状況であったため、車いすに乗せてもらい診察室へ。
内診台に登るのもしんどく、先生が説明してくれたことも3割くらいしか入ってきませんでした。
記憶にあるのは、手術で取り除いた腫瘍の写真がなんともグロテスクであったということ。
髪の毛や爪、皮脂などが詰まっていたようです。
また、摘出後の卵巣も見せてくれました。
なんとも、しわしわよぼよぼの皮だけのような状態の卵巣。
この皮だけで、果たして正常に機能するのだろうか…。
手術でメスを入れることで、卵巣の機能は多少落ちる場合があると言われていましたが、おおむね大丈夫なことが多いようです。
また、MRI画像では、右卵管が詰まっている(右卵管留水腫)との指摘もありました。
実際、手術中に水を流して確かめたら、スルっと通ったようです。
そちらに関しては卵巣の肥大で右卵管が圧迫されていただけだったみたいです。
一安心…。
腫瘍については“悪性の示唆なし”の確率が高いと言われていたものの、実際には、取り出した腫瘍の病理検査をしてみないと、確実にはわからないようです。
それは、1か月後の経過観察の検診の際にお伝えしますと。
手術が終わった後でも、しばらく不安な日々が続くのか…とスッキリしない気持ちでした。
手術1日目【夕方頃】:歩行成功!尿道カテーテルと点滴が外れて元気になってくる
部屋に戻ってしばらくすると、3度目の歩行練習が。
今度は気持ち悪さが少し緩和されていて、なんとか病室からナースステーション手前まで歩くことができました。
ここまで歩ければ、病室にあるトイレまで自分で歩けると判断され、ようやく尿道カテーテルを抜ける段階に来ました。抜く瞬間、ちょっと違和感がありましたが、丁寧にやっていただいたおかげで、痛みはほぼありませんでした。
尿管の管が抜けると、一気に動きやすくなり、なんとなく体調も良くなっていきました。
トイレにもヨタヨタしながらですが行けるようになり、自分の意思で動けるのってサイコー!!
今まで当たり前と思っていたことがありがたいことだったのだと気付きました。
「体調がいいときに、なるべく歩く練習をしてください」
と言われていたので、この日は病室から出て病棟の廊下を2回ほど往復しました。
よろよろ、ゆっくりペースで歩いていたので、まるで、病棟内を徘徊しているおばあちゃんのようでした。
尿道カテーテルは取れましたが、点滴はまだ継続中でした。
取り付けた点滴パックがなくなると、追加のものをもってきて繋ごうとしてくれたのですが、なぜか点滴が入っていかない…。
対応してくれた看護師さんは新人さんっぽく、新たに取り付けた点滴が入っていかないことに戸惑って、少々テンパり気味に…。
そんな姿にこちらも不安に駆られてしまう。
「少しお待ちください」と数十分ほど待たされて、ようやく先輩らしき人が登場。
再度つなごうとしてくれましたが、その先輩でもうまくいかず。
結局、少しでも昼ご飯を食べられているから、点滴なしでも大丈夫でしょうと言われ、このタイミングで点滴も外すことに。
え、本当に大丈夫なの?!と最初は不安でしたが、点滴が外れるとさらに動きやすくなり、より快適になりました。結果オーライでしたが、点滴にはことごとく嫌われる私なのでした( ;∀;)
手術後1日目【夜】まだシャワー浴できず。看護師さんに体を拭いてもらう恥ずかしさ
術後1日目までは、シャワーを浴びることができないので、この日は看護師さんが体を拭いてくれました。
おまた以外はすべて見られました。
なんと恥ずかしいこと。。
まあ、手術では全裸を見られているだろうから、今更恥ずかしがってもね…という感じですが、目の前で拭かれるのはやっぱり恥ずかしかった。。
そして、気持ち悪さがなくなってきたので、晩御飯は主食、副菜も半分ほど食べることができました。
術後1日目の3分の2くらいが一番きつかったですが、その後はだいぶ楽になったように思います。
(個人差によると思うので、参考までに)
術後2日目から退院前日まで
夕方の決まった時間は院内にある売店に買い物に行けるとのことで、術後2日目からは、歩く練習も兼ねて大好きな梅干し系のおやつを買いに出かけました。
病棟内を歩くよりも、気分転換になって楽しかったです。
入院中は、朝昼晩の体温測定に加え、排尿・排便の回数を記録する必要がありました。
痛み止め・解熱のためのロキソニンを常に飲んでいたので、熱が上がってもロキソニンで一旦治まるのを繰り返していました。
術後はしばらく発熱が続くようでしたが、私の場合は術後4日目になっても、薬が切れてくると38.0度手前くらいの発熱が。医師や看護師さんが心配して、途中から抗生物質を追加で飲むことになりました。退院前日には、抗生物質のおかげで熱もだいぶ治まりました。
また、毎日血液検査がありました。術後、貧血が悪化していて、術前は基準値内だったのに対し、術後は日を追うごとに、ヘモグロビンの値が8.3→7.7→7.5と減っていきました。術後はロキソニンに加えて鉄剤も処方され、退院前日には8.1と少しだけ改善されました。もともと貧血持ちだったので、体調的にはそこまで違和感はありませんでしたが、10を下回るのは初めてのことでした。
退院当日:無事予定通り退院が決定!会計は差額ベッド代のみ
多少の貧血は残るものの、熱も下がり、予定通り入院から7日目に無事退院することができました。
まだ多少痛みがあったり、貧血が改善されていないということで、ロキソニンと鉄剤をたくさん処方いただきました。また、鉄剤を飲むと便が固くなるようで、一緒に便を柔らかくする薬ももらいました。
多少、体のだるさとふらつき感は残っていましたが、いつも通り普通に歩けるようになっていました。
会計の際は、事前に取得していた限度額適用認定証のおかげで、窓口支払いは差額ベッド代等の数万円で済みました。
退院後の定期検査と病理検査の結果、生理の再開について
退院から3週間後に定期検査があり、術後の経過を診ていただきました。
貧血に関しては、ヘモグロビン値が基準値に若干届かないものの、11.3と許容範囲のところまで回復していました。
卵巣の状態も問題ないとのことで一安心。
心配していた病理検査の結果も良性(癌ではない)。
ふと肩の荷が下りた気がしました。
手術箇所の痛みはほぼ気にならず、体力も少し戻ってきたころでした。
個人差はありますが、術後3週間すれば、徐々に通常の生活に戻していけるかと思います。
この診察で問題なかったので、湯船に浸かれるようになりました。それまでは、シャワー浴のみという制限がありました。
生理については、術後しばらく不規則になることが多いと聞いていましたが、私の場合は、いつも通りの周期で普通に来たのでした。
入院中に持参して良かったもの
6泊7日の入院生活を経験した私が、入院中に持参して良かったと思うものは、延長コードとワイヤレスイヤフォンです。
延長コード
特に術後は体が自由に動かせないので、スマホを見たくてもいったん起き上がらなくてはならなかったりします。延長コードがあれば、充電しながらでも、自分のそばにスマホを置いておけるので、気を紛らわすことができました。
ワイヤレスイヤフォン
これは本当に持って行ってよかったと思います。先の項目でも少し触れましたが、術前の時間がある時や術後体調が回復してきたときに大活躍しました。
院内は消灯が早く、なかなか眠れない時に、このワイヤレスイヤフォンを使って、過去のドラマを見まくりました。暗い中なので多少目には良くないでしょうが。。
私は3人部屋だったので、同室の他の患者さんの音も結構聞こえてきたので、ワイヤレスイヤフォンでドラマを見ることで、その音もあまり気にならなかったです。
ただ、1名術後の状態があまり良くない方もいらっしゃり、その方の辛そうな声や、代わる代わる複数の医師が来て、処置をしていた時の音は聞こえてきました。少しはイヤフォンで紛れたものの、特に夜中は気になって、ドラマに集中できない時もありました。
個室を選択した方で、お化けが怖くて眠れないといった悩みも、このワイヤレスイヤフォンでいくらか紛らわすことができるかと思います。
ただ、完全には音をシャットアウトできないので、音が気になる方は、耳栓を持参するといいかもしれません。
入院して変わった考え方(当時の自分を振り返って)
今回、卵巣嚢腫の手術をしたことで、今までの自分を見直し、これからどうしていきたいかを考える良い機会となりました。
今まで必死に仕事をしてきましたが、頑張り方を間違えていたということに気が付けました。
自分にとって大切なことは、仕事でもお金でもなく、子どもを授かること。
これからは、自分を大切に、なりたい自分になれる道を選択していこうと思えるようになりました。
自分の心の声に気が付かずに我慢をし続けた12年間
今までの自分を振り返ると…
根性だけが取り柄だった私。
そして、なんでも一人でやろうとする癖がありました。
(当時はみんな忙しかったので、一人でやらないといけない環境でもあったのですが)
ずっと後輩がいなかったので、自分がなんでも拾ってやらないといけないと思っていました。
一人でなんでもできるようにならないと認めてもらえないんじゃないかと。
容量も悪いため、残業は当たり前。
まだ新卒2,3年目くらいの若手時代は、休日出勤や終電で帰ることも…。
“こうあるべき”という自分の中の制約の多さが、自分自身を苦しめていたのだと思います。
30歳にさしかかった繁忙期、体力的にも精神的にも追い詰められて、1か月ほど仕事を休んがことがありました。職場に行くことも、仕事関係の電話に出ることも辛くなってしまったのです。
もし病院に行っていたら、何かしらの診断はついていたかもしれません。
その時仕事を辞めようかとても悩みました。
でも他にやりたいこともないし、中途半端な状態で辞めることは、職場の人にも今後の自分にも良い影響はないだろうと思い、なんとか復帰。
上司・同僚の優しいフォローのお陰もあって、徐々に以前と同じように仕事ができるようになりましたが、相変わらず仕事はバタバタしていたし、人間関係が最悪だった時期もありました。
しかしその後も仕事を辞めるという考えはなく、33歳の時に結婚。
早く子どもを授かって育休を取りたい…
という思いでやってきましたが、スムーズにはいきませんでした。
そして、不妊検査をする中で卵巣嚢腫があることが判明したのです。
退職を決断したことで得られた大切なもの
私の中では真っ先に、”仕事のし過ぎ”が原因かな…という思いが巡りました。
この病気の場合は、「体質でありストレスとの因果関係はない」と医師に言われていたのですが、私は”仕事のストレスが原因”と決めつけてしまっていたのです。
手術の準備をする中で、医者にはこうも言われていました。
『子どもが欲しいなら、術後1,2年のうちに産んだ方が良い。のんびり自然妊娠を待つより、不妊治療をしてもいいくらい』と。
私の卵巣嚢腫の種類は、癌化する可能性は低いものの、体質的に腫れやすい人は、一度手術をしても再発の可能性があるようでした。
卵巣も一度だけでなく二度メスを入れてしまうと、機能が低下して、より妊娠しにくくなってしまう可能性があるというのです。
これを聞いた時、私の中では2つの選択肢が浮かびました。
”仕事を辞める”か、”辞めないけれど正社員からパートになって負担を減らす”か。
でも、辞めてしまったら育休を取ることができない。
せっかく頑張って12年も続けてきたのだから、育休だけでも…という欲がありました。
しかし、果たしてパートになったからといって負担は減るのだろうか。
長く働いてきた分、結局同じような仕事を求められるのでは…。
もともと、0か100でしか考えられない私は、思い切って”退職”することを選びました。
とても悩みましたが、この決断までには、占いにも頼りました。
占いで得た”目に見える対価を選ぶことで、自分が一番大切にしたいと思っているものを失う可能性がある”というメッセージは、私の背中を押してくれました。
私が今一番大切にしたいことは何か?
仕事でもなくお金でもなく、子どもを授かることでした。
私はこうも思いました。
なぜ病気になったのだろう…?
もしかしたら神様が、
”もう十分頑張ってきた。一旦休んだほうがいい”
と、休む口実を作ってくれたのかもしれない。
退職したからと言って、子どもを授かれる保証はどこにもない。
それでも、当時の私は、自分の心の声に素直に行動しました。
幸いにも、夫もその決断を受け入れてくれたのです。
退職の意向を伝えた数か月後。
なんとも幸運なことに、赤ちゃんを授かることができました。
退職という選択で、肩の荷が下りたことが大きかったのかもしれません。
この数か月は、有給消化で週4日くらいの勤務で、気持ちに余裕ができたことも影響していると思います。
これはあくまで自分の場合であって、この記事を読んでくださっている方に退職することを勧めているわけではございません。
ただ、卵巣嚢腫になり手術が必要になったということは、体からの何かしらのサインだと私は思うのです。普段から少し無理をしていなかったか、ストレスかかってなかったかなど、振り返ってみてください。
それに気が付けるきっかけを卵巣嚢腫が与えてくれた、そんなふうに考えてみると、少し前向きな気分になれるんじゃないでしょうか。
女性の皆さんに伝えたいこと
女性の皆さんには是非、一度婦人科を受診していただきたいです。
私が罹った卵巣嚢腫もそうですが、婦人科系の病気は最悪の状態になるまで自覚症状があまりないので、なかなか気が付きにくいのです。
一般的な健康診断を毎年受けていても、オプションをつけない限りわかりません。
子宮頸がんの検診の時についでに診てもらうのでもいいので、”自分は大丈夫だろう”と思わないで欲しいです。
卵巣嚢腫が見つかり、気を落とされている方もいらっしゃるかと思いますが、これは“今までの自分を見直し、今後の自分の進み方を考えるいい機会”です。
自分の心の声に素直に耳を傾けたら、何か違う世界が見えてくるかもしれません。
少なくとも、私は卵巣嚢腫に罹ったおかげで、大切なことに気が付けました。
追伸 ~最後まで見てくださった方へ~
ブログ初心者の長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
このブログは、病気、手術を経て、退職、出産、育児を経験した私が、同じ境遇の方にとって、少しでもお役に立つ情報を発信できたらなという想いで始めました。
母として、一人の人間として、まだまだ未熟で反省の日々ですが、見てくださった方の心がほんの少しでも軽くなりますように…☆彡
これからも定期的にアップしていきますので、良かったら次回以降もぜひご覧ください!


コメント
Nice share!